各地のご当地食材/加工食品

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岐阜県堂上蜂屋柿(ドウジョウハチヤガキ)

ご当地食材情報

堂上蜂屋柿

岐阜県美濃加茂市蜂屋町原産の、渋柿のうち最も大ぶりな干し柿に適したものです。
干し柿の王様と呼ばれています。
「堂上蜂屋」の保存木の接ぎ木から作られています。
1000年以上続く、特別な製法が受け継がれてきています。
5月~7月に行われる摘蕾・摘果の作業では、余分な蕾や実はすべて取り除かれてしまいます。
1本の枝に1個の柿だけが残されます。そうすることで養分が集中するのですね。
11月には350gにもなる大きな柿が実っています。
収穫してからが本番で、干し柿が完成するまでには40日ほどかかりますが、半分以上は天日干しに費やされます。
蜂屋町は、冬の晴天率が高く、乾風が吹き下ろしてくるため柿を干しあげるのに最適の気候風土です。
晴れた日は、朝9時から16時頃まで干します。
その間こまめにひっくり返して風を当て、乾燥の具合を確かめながら一つひとつ揉み、、特別製の稲のホウキで掃き上げます。
長年の勘と経験が必要な作業ですね。
完成した堂上蜂屋柿の糖度は65度にもなります。ジャムに匹敵する甘さです。
半生菓子のようになめらかで瑞々しい食感、濃厚で自然な甘みの極上品です。

古くは平安時代に、美濃国から朝廷に献上した干し柿の礼状が「明衡往来」に載っています。
源頼朝に干し柿を献上したところ、「蜂蜜のように甘かった」と大変喜ばれ、「蜂屋」の名前を、柿と村に給わりました。
その後も、天皇や信長、秀吉、家康、徳川代々の将軍に献上され続けました。
関が原の合戦では、大垣に出陣しようとしていた徳川家康に蜂屋柿を献上したところ、すぐにも大垣が手に入る吉兆として、家康は大変喜び、蜂屋村に諸役御免の朱印状が下賜されたそうです。
「堂上」とは、朝廷への昇殿を許された公家などの家柄・殿上人を指します。
ここから堂上蜂屋柿と称されるようになったのですね。

明治33年のパリ万国博で銀牌を獲得しました。
明治37年のセントルイス万国博でも、干し柿は金牌、苗木は銀牌を受賞しました。
昭和初期には、養蚕業が盛んになり、蜂屋柿を作る農家はほとんどなくなってしまいました。
さらには大戦中、柿の木は切られて畑にされてしまいました。
高度な技術を必要とする蜂屋柿の復活は、極めて困難なものでしたが、昭和52年、蜂屋柿振興会が発足しました。
岐阜県から、「飛騨・美濃伝統野菜」の認証を受けています。
2007年、スローフード協会(イタリア本部)の「味の箱舟」に岐阜県で初めて認定されました。
2010年、財団法人食品産業センターから「本場の本物」の認証を獲得しました。
 
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